甲武信岳 登頂記 2001.7 山稜涼風、渓谷清流。
甲武信と書いて“こぶし”と読む。関東地方の地図を見ると南アルプスの山塊から少し離れ、奥秩父のそれからもやや外れる場所にある。甲州、武州、信州にまたがっているためこの名がついたもので、この山の名前から“甲斐の武田信玄”を連想してしまう私にとっては以前から気になる山であった。この山のメインルートは、西沢渓谷からの長い登山道であるが以前に何度か西沢渓谷に足を踏み入れている事もあり、今回は裏側の信州梓山、毛木平から最短のルートをとることとした。
いつものごとく忙しい金曜の勤務を終えて、家内と都内で待ち合わせて首都高中央道、国道141号を経由し梓山登山口に到着したのは日付も変わった1:00頃であった。
車内泊後、翌朝6:00起床、軽い朝食を摂り6:30梓山登山口を出発、信濃、千曲川源流を目指す。渓流沿いの樹林帯に囲まれた平坦な登山道をしばらく歩く。登山というよりもハイキング並みの気楽さだ。道の端々には所々小さな湧き水があり、それらの水は苔むした岩や倒木の間を流れ下の渓流へと落ちていた。
川風が少し汗ばんだ体に心地よく、明るい朝日の光が木々の新緑を美しく照らしていた。ゴツゴツとした岩山の多い秩父山系の山にしては極めて女性的なイメージに少々拍子抜けの感も。
慰霊碑を過ぎ沢べりをしばらく進むと中間地点のナメ滝に至る。ここから登山道は沢を何度も渡りなおし、ガレ場の再生林を通り抜けながら山腹を巻くように登っていく。そして視界が開けた場所に信濃川、千曲川水源地標が黒々とそびえていた。
あの日本有数の大河である信濃川がこの地の一滴の水から源を発しているという事実をこの水源地標を見ながら確かめる。休憩ついでに源流直下の水で渇いたのどを潤す。いつの間にか太陽も高くなってきているが、まわりには他の登山者は見当たらない。しばし野鳥の声や風の音に耳を傾ける。
20分ほどの休憩ののち、最後の急登に挑む。樹林帯に囲まれた急坂をしばらく登りつめると奥秩父の主脈縦走路に出る。ここから右は国師ヶ岳や金峰山、奥千丈岳に続いている。縦走路の合流から15分ほど石楠花の林の中を尾根伝いに緩やかに登り、最後のガレ場の急登をつめると頂上の標柱に到達。出発から約4時間での甲武信岳登頂であった。
土曜日でもあり東京のような雑踏を想像していたにもかかわらずあたりはただ風の音がきこえるだけであった。ここからは南は富士山や南アルプスの峰々、北は浅間山や上越の山塊が眺望できるはずであるが、ややガスっていて富士山の三角形の頭や近くの金峰山付近の山々がのぞめるだけであった。二人で山頂の標柱で写真撮影をしたのち、持参した昼食の準備を始める。昼食といってもいつものことながらカップめんにおにぎりである。
そのうち他の登山者も何人か集まり始めてきたがほとんどが山梨側の甲武信小屋経由であった。また機会があれば甲武信小屋経由のルートも攻略したいと思った。
昼食を終えしばらく休憩の後下山を開始する。途中、ナメ滝付近で1度休憩し15:00過ぎに梓山登山口に無事到着した。
行程略図
都内―中央道.須玉IC.R141―梓山登山口〜千曲川源流〜山頂〜梓山登山口―中津川林道.R140―行田
百名山
殿方之湯