ホッと一息の樹 titled by おたかさん
[別冊]ホ ッ と 一 息 の 樹(記)

ホッと一息の樹」から抜粋したものを[別冊]としてまとめています。
初出:2000/04/25(火)
勤務先でバッタリ(下)

その時代は、まだコンピュータには専任オペレータが張付いていた。職員は、書類を書いて提出する。そして、順番を待つ。
操作を簡単にして、コピー機やファックス感覚で使ってもらえれば、誰もが直接やれる。その方が、能率も効果も高いはずだ。これが「分散化」のねらいだった。
決して担当者が怠けるためではない。そう言いたかった。しかし・・・
「待ちなさい」H事務長のひと睨みで私は黙ってしまった。「君は部外者だろ。勝手に口出しするな」小心者の私は、そう一喝されると言い返す勇気がなかった。
そのとき私は、誰かの視線を痛いほど感じた。コーヒーを配っている妻だった。
結局、システム担当者はかなり叱責され、仕様を作り直すことになった。会議室から出た彼と私は、打ちのめされ、後はグチってばかりで終わった。
その日の帰り。駅のホームで電車を待っている私の前に、妻が突然現れた。「つきあってよ」それだけ言うと、妻はやって来た電車にさっと乗りこんだ。
彼女はある駅で降り、近くの小さな中華料理店に入った。注文もそこそこに妻は私に説教を始めた。「なんで、あのときHさんに言い返さなかったのよ。情けないじゃない」
「だって、部外者って言われたら・・・・」膨れっ面になりながら、私はモゴモゴと言った。
「そんなの『担当者の代わり』とでも何とでも切り返せるじゃない。あなたっていっつもそうよ・・・・」そこからは彼女の独壇場だった。いざと言う時頼りにならない。男らしくない。決断力がない。はては、やる気がない。計画性も責任感もない・・・・。とどめ、魅力が全然ない。
食べ終わってラストオーダーが来ても、妻の口はとどまるところを知らなかった。
「待ってなさいよ。まだ話があるんだから。逃げんじゃないわよ」妻は、勘定しにレジに向かった。
もちろん私は逃げた。彼女が財布に目を落とした一瞬の隙に、脱兎のごとくに。
猛烈に腹が立った。なんで、妻でも恋人でもない、好意すら持ってくれてない女から、そこまでボロクソに言われなくちゃならないんだ。バカヤロ、バカヤローッ! 情けないが、悔しくて涙がこぼれそうになった。
翌朝、私は事務所に行き、システム担当者を説得した。私よりずっと若い彼は、最初ためらった。昨日あれほどこっぴどく叱られたのだから。しかし、彼とてあのままでは終わりたくなかった。2人でオソルオソルH事務長の机の前に行った。
Hさんは思ったよりも気軽に応じてくれた。「まさか、あのまますごすご引き下がるつもりじゃなかったんだろ」そして、話を聞いてくれた。結果は・・・・。
「説明はわかった。でも、やはり駄目だ」彼が言うには、皆がコンピュータを気軽に触るには、まず啓蒙が必要だ(そういう時代だった)。それなしに、いくらシステムだけ作っても、結局誰も使わない。言われてみれば確かにそうだった。しかし、私たちの趣旨は認めてくれたのだ。シボんでいた担当者も元気になった。
Hさんの机から離れた時、廊下を歩いている妻を見つけた。嬉しくて思わず近づこうとした私に、(話しかけるんじゃない!)ときつい視線だけで命令すると、妻はさっさと行ってしまった。



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